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名古屋高等裁判所 昭和39年(ネ)260号 判決 1965年9月27日

控訴人 国

訴訟代理人 水野祐一 外四名

被控訴人 島田新平

主文

原判決を次のとおりに変更する。

被控訴人は控訴人に一〇四、〇七一円とこれにつき昭和三五年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員とを支払え。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、次の事実は当事者間に争がない。

中部日本急配株式会社は昭和三〇年七月四日破産宣告を受け、被控訴人がその破産管財人に選任された。控訴人(熱田税務署長)が被控訴人に対し昭和三四年三月六日ごろ、右破産会社に対する昭和二八年度源泉所得税一〇、 一〇九円、加算税二、五〇〇円、延滞加算税五〇〇円、昭和二九年度源泉所得税六五、一三五円、加算税一四、五〇〇円、延滞加算税一、七〇〇円の租税債権につき交付要求をした。しかし、被控訴人は右要求の弁済をせず、昭和三五年六月一日破産手続は終結されるに至つた。

二、次に、被控訴人は、中部日本急配株式会社につき控訴人主張の租税債務の成立を争うので、この点について判断する。

原審証人水野春樹の証言により真正に成立したものと認める甲第一号証の一ないし一三、成立に争のない甲第四、七号証、甲第八号証の一、二、当審証人豊田正己、水野春樹の各証言によると、熱田税務署長は中部日本急配株式会社が徴収納付すべき源泉所得税の納付をしなかつたとして、(イ)昭和二九年二月二八日に、昭和二八年度認定賞与分として本税額一〇、一〇九円加算税二、五〇〇円を納期限昭和二九年三月三一日と定め所得税法第四三条第一項により右会社から徴収するものとの決定をし、(ロ)同昭和二九年四月三〇日には昭和二八年中の源泉所得税六五、一三五円、加算税一四、五〇〇円につきその納期限を昭和二九年五月三一日と定め同様右会社から徴収すべき旨の決定をし、いずれもそのころ右会社に告知したこと、従つて、同年六月一二日には、右会社代表者柴田行夫は前記(イ)の滞納分についての徴収に際し、同社の手形一通の差押に応じ異議なかつたこと、その後も右税金は滞納が続いたため昭和三五年六月一日当時においては延滞加算、利子税を加え控訴人主張の額に達したことが認められ、乙第一一号証の一、二、三も右認定を動かすにたらず、その他右認定をくつがえすにたりる証拠はない。

三、次に被控訴人が右会社の破産財団から右租税債権を弁済することなく終つたのは、破産管財人としての注意義務を怠つたものというべきか否について判断する。

原審証人宮川卓次、当審証人島田芙樹、原審、当審証人水野春樹(一部)の各証言、原審での被控訴本人尋問の結果(一部)を総合すると、次の事実が認められる。

前示熱田税務署長からの昭和三四年三月六日付弁済要求書が被控訴人に到達したのは、被控訴人が破産管財人として担当していた中部日本急配株式会社の破産事務処理は、その開始以来三年余を経てすでに財団債権についてはほとんど弁済を終え、あるいは近く弁済の見込で、間もなく破産債権者に対する配当手続に入つて破産手続を終るべき日も遠くない状況の時であつた。被控訴人は右弁済要求がその時期になつて到来し、しかもこれを要求どおり弁済すると破産債権者に配当すべき財団財産は皆無に等しいこととなる見込みであつたし、帳簿その他右破産会社書類上、かかる未払税金があることの明確な記載も見当らなかつたことから、右要求をそのまま受けいれて弁済することはできないと考え、右要求書受領後間もなく、熱田税務署に行つて担当係官と交渉をした。その席上、被控訴人は、前記破産財団の状況を説明し、要求税金債務があるのかないのかわからないしするので、その全額を要求どおり弁済することはできないが、強いて争うのも好ましくない、他の公租公課で財団債権として弁済要求のあつたものについては、その一部を弁済することで話がついているから、それらと同様に本件源泉徴収にかかる税金もそのうち二一、〇〇〇円余りを弁済することにより、残余は事実上取立てないその他の方法で財団から支出しないですむようにしてもらえるならば、二一、〇〇〇円余は弁済すると申入れた。これに対し応待した係員は上司に相談してから回答する旨答えた。その後、被控訴人は税務署から回答に接しなかつたので、同年八月、一〇月ごろと熱田税務署をたずね、先に申し入れた一部弁済で事を解決するとの提案についての諾否を求めたが、税務署係員は即答をさけ、財団の財産状況の報告書を提出してもらいたい、それを検討して諾否を定める旨述べた。被控訴人はその提出を拒否し、爾後税務署から右一部弁済による解決に同意する旨の回答もなく、被控訴人からも申入れ、通知等の交渉もなく打すぎ、被控訴人は本件債権を弁済から除外し、前記破産終結に至つた。以上の事実が認められるのであるが、以上の経過からは、被控訴人が控訴人主張の租税債権を弁済せず終つたことが正当なものであり、善良な管理者としての注意をつくしたものとはなしがたい。すなわち、被控訴人は右債権あることが、破産会社からの引つぎ書類等に何ら記載されていなかつた等のことから、右債務は存しないものと信じ弁済から除外したというのであるが、乙第一号証(破産会社の昭和二八年三月末財産目録)には預り金として所得税、社会保険四八、〇五〇円の記載あり(預り金としての所得税とは右会社自身の所得税でなく、給与等から差引き徴収し納付すべきいわゆる源泉所得税の未納分と解すべきである)、乙第三号証(右会社昭和二八年度決算書類)中にも預り金一六四、六五八円の記載があるし、右弁済要求の到来後、破産会社代表者等にその存否をたしかめた形跡もない(証人島田芙樹の証言によれば、当時右代表者柴田行夫の所在は不明であつたというのであるが、管財人として払うべき努力をしてもその所在が不明であつたか否はわからない)。また、成立に争のない乙第五、六、七号証、証人原勇、石山琢男の各証言、被控訴本人尋問の結果によれば、破産会社書類(乙第一、二、三号証)上の記載関係は本件税金債務関係と変るところのない健康、厚生年金、失業保険料についてはその存在を疑うことなく、一部弁済をしており、反対に乙第二号証上破産会社債務として明記してある県税(自動車税)については弁済要求があつたのにこれを弁済せず終つていることが認められ、これらの事実からすれば、はたして被控訴人が本件債務の成立を真実疑つたから弁済しなかつたものであるかも疑わしいし、またないものと信じたとすればそれに相当の理由があつたともしがたい。被控訴人主張のように前記社会保険等の弁済要求は破産宣告後間もなくあつたのに、本件の弁済要求のされたのが、三年余を経た昭和三四年になつてからであるといつて、それだから本件税金債務に疑わしいといえるわけではないし、また本件弁済要求書(甲第三号証、乙第八号証の二)にその納期は昭和二九年三月三一日、五月三一日と記載されているのであるから、右税金債権が時効にかかつていると信じるのも根拠に乏しいことである。また前記認定事実によれば被控訴人は熱田税務署員に対し、本件税金債権の成立を証すべき資料の呈示を強く迫り、その呈示がなければ弁済せずして破産を終るとまで告げたのではなく、主として一部弁済による解決を税務署において受けいれることを申入れ交渉していた(被控訴本人尋問の結果中これに反する如き部分は、同尋問の結果により認められる他の社会保険金等の弁済についての交渉内容や証人水野春樹の証言にてらし、右認定を動かすには不十分である)のであるから、税務署において右資料(本件の場合は所得税法第四三条により未納の源泉所得税を支払者たる破産会社から徴収することとした決定がされ、それが破産会社に告知されたことを指すべきものとなろう)を呈示しなかつたことを以て、税務署の手落であり、従つて被控訴人に責められるべきところなしともいえない(被控訴人が本件債権を弁済から除外することに決したのは、税務署が右資料を呈示しなかつたからではなく、被控訴人の前示解決申入れに対し税務署が明確な回答をしなかつたからであると疑われないでもない)。さらに、控訴人が破産終結に至るまでの間本件債権につき提訴ないし徴収の処置に出なかつたからといつて、これも右債権が存しないことを示すものとはいえないのであつて、要するに、被控訴人が本件弁済要求のあつた税金債務を全く弁済することなく終つたのは、その間破産財団財産の主部をしめる競落代金が破産前散逸することなく残存していたことに寄与するところのあつた破産債権者にまで配当しえなくなる結果を招来することをさけようとした被控訴人の善意の配慮や、破産終結の見とおしもついて来た時に弁済要求をして来た控訴人(熱田税務署)への不満ないし不信感があつたであろうにはせよ、前記経過から見て管財人としての注意義務に欠けるところあつたといわざるをえない。

四、次に、控訴人の損害額について判断する。成立に争のない乙第五、六号証、第一〇号証の五、九によると、控訴人が弁済要求をした昭和三四年三月当時(なお控訴人主張の昭和三〇年八月一六日付弁済要求書が被控訴人に到達したことを確証するにたりる証拠はない)支払ずみの財団債権(社会保険料、失業保険料を除く)七一、三五七円を差引いた財団財産額は二一〇、六四三円であり、他方その後右財団から弁済を受くべき財団債権額は、本件債権一五一、〇九七円、社会保険料八九、二〇〇円、失業保険料三五、五二七円、管財人報酬三〇、〇〇〇円の計三〇五、八二四円であることが認められる。そうすると控訴人は被控訴人による弁済除外がなかつたとしても、右財団債務は財団財産額を超過するものであるから、その債権額割合に応じた一〇四、〇七一円の弁済を受けえたにとどまるのであり、右一〇四、〇七一円が控訴人の損失というべきこととなる。

五、被控訴人主張の過失相殺について。

控訴人がその税金債権を破産開始前に徴収することができえたのに、これを取立てなかつたのは控訴人の怠慢であり、過失であると主張するが、当審証人豊田正己の証言、右証言により真正に成立したものと認める甲第六号証の一、二とによれば、熱田税務署員は昭和二九年五月右会社に対し支払を督促したところ、近く納付する旨の誓約をえたので、当時右会社は三輪トラツク、電話加入権を有していたが、これを差押えるには及ばなかつたこと、同年六月には約束手形等を差押えたことが認められるのであつて、その間怠慢であつたとはいえず、その後右会社が破産宣告まで差押え取立てうべき財産のいかなるものを有していたかも明かでないのであつて、控訴人に被控訴人主張の前記過失ありとはいいがたい。また、被控訴人は破産手続開始後も控訴人は早急に弁済要求をせず、またその債権につき提訴、徴収等の手続をしなかつたのは、控訴人の過失であると主張するが、控訴人の弁済要求がよりはやい時期に被控訴人になされていれば前記一〇〇、〇〇〇円余の控訴人損失が生じなかつたであろうとは解されず、その後の経過についての前認定の事情を前提として見るとき控訴人に右損害発生についてその原因たるべき怠慢過失があつたとも解されない。その他被控訴人主張の過失相殺の事由に当るべき事実の証明はないので、前記過失相殺の主張は採用しがたい。

そうすると、控訴人は被控訴人に対し前記一〇四、〇七一円とこれにつきその損失の生じた日より後の昭和三五年六月二日から支払いずみに至るまで年五分の率による遅延損害金との支払を求めうるのであり、その本訴請求は右の限度で正当であり認容すべきであるが、これをこえる部分は失当である。すなわち、原判決が控訴人の請求を全部棄却したのは失当ということとなるから、右の限度で、これを変更すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 県宏 越川純吉 西川正世)

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